大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)943号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人銭坂喜雄の上告理由第一点について。

所論は、要するに原判決は遺言者の真意を無視して遺言の趣旨を専断的に解釈した違法があり、また遺言の文言が原判決のように解しうるとすれば、相異なる二様の解釈が生ずることとなり、遺言の真意が不明確であることに帰するから無効としなければならないのに、原審がこれを有効と認定したのは違法であるというに帰する。しかし意思表示の内容は当事者の真意を合理的に探究し、できるかぎり適法有効なものとして解釈すべきを本旨とし、遺言についてもこれと異なる解釈をとるべき理由は認められない。この趣旨にかんがみるときは、原審が本件遺言書中の「後相続は谷端まち子にさせるつもりなり」「一切の財産は谷端まち子にゆずる」の文言を谷端まち子に対する遺贈の趣旨と解し、養女下田年江に「後を継す事は出来ないから離縁をしたい」の文言を相続人廃除の趣旨と解したのは相当であつて、誤りがあるとは認められず、また遺言の真意が不明確であるともいえないから、所論は理由がない。

同第二点について。

所論は、被上告人は本件仮処分を請求する権利がないと主張する。しかし仮処分は、裁判所が申請人の請求権が本案の訴訟で確定する以前に予じめこれを保全する必要ありと認めた場合に許されるのであるから、たとい上告人に対する相続人廃除の審判が確定せず、また被上告人に対する遺贈の効力がなお争いうる状態にあるとしても、被上告人において遺贈により本件建物の所有権を取得した旨主張し、その権利保全のため仮処分を申請することが許されない道理はない。所論の援用する民法八九五条は、相続人廃除の手続進行中における相続財産の保全を図るため、家庭裁判所に必要な処分を命ずる権限を認めた規定であつて、これあるがため、受遺者がその財産を相続人から買い受けた第三者に対し、自己の請求権を保全する仮処分を申請することを禁ぜられるものとは解されない。また本件遺言の趣旨が原判示のとおりであつても、上告人に対する相続人廃除の請求が棄却されれば、上告人の遺留分減殺請求権との関係において、必ずしも本件建物が被上告人に帰属するといえないことは所論のとおりであるが、そのことの確定しない現在において、被上告人が本件建物について仮処分の申請をなし得ないという理由は認められない。

同第三点について。

遺言執行者が所論のような権利義務を有することは民法一〇一二条一項の規定から明らかであり、従つて本件の遺言執行者が所論摘示のような行為をなし得ることも認められるが、このことは本件被上告人が受遺者としての権利に基いて自ら仮処分の申請をなすことを妨げるものと解することはできない。

同第四点について。

遺言執行者の任務は、遺言者の真実の意思を実現するにあるから、民法一〇一五条が、遺言執行者は相続人の代理人とみなす旨規定しているからといつて、必ずしも相続人の利益のためにのみ行為すべき責務を負うものとは解されない。そして本件仮処分の相手方たる上告人は、相続人から本件建物を買い受けた第三者であつて相続人その人ではないから、遺言執行者である増田要次部が受遺者たる被上告人の代理人として上告人に対し、仮処分申請の手続をすることを許されないと解することはできない。

同第五点について。

民法九八二条が九七六条の遺言に九七三条を準用する旨を定めたのは、九七六条のいわゆる特別方式による遺言を禁治産者がなす場合には、九七三条を準用し医師の立会等を必要とするとの趣旨であつて、禁治産者でない通常人が九七六条の遺言をする場合についても、禁治産者の遺言の場合と同じく、九七三条に定める医師の立会等を必要とするとの趣旨ではないと解するを相当とする。このことは、九八二条が九七七条ないし九七九条の遺言にも九七三条を準用する旨規定した法意と比照してみれば明らかであつて、これと同趣旨に出た原判決の解釈に誤りはなく、所論は採用することはできない。

同第六点ないし第九点について。

所論第六点は、原審が証拠によつて正当に認定した「本件遺言書は証人の一人谷端浜光が遺言者のいうままに一口一口宛筆記した上、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後これに署名捺印した」という事実を争うに過ぎず、また所論第七点は、右事実認定と異なる見解を前提とする主張であるから、採用のかぎりでなく、仮りに原審が所論準備書面の趣意を誤解したふしがあつたとしても、判決主文には全く影響がなく、結論においてなんら変りはない。所論第八点は、原審が証拠によつて正当に判断した遺言書の真意を、遺言書の語句と対比して非難するに過ぎず、原判決になんら違法はない。所論第九点は、原審口頭弁論において陳述しない準備書面の記載に基づいて判断遺脱を主張するのであつて採用のかぎりでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例